日々のエッセイ
12.172017
クラウドファンディングについて、すこし考えてみた
あるひとから企画書をみてくれ、と言われた。企画としては、なかなかおもしろい。視点もいい。うまく打ち出せたら、あたらしい流れは起こせるとみた。
ただ、わかりにくいこと。いくつかある。さきほど投稿した契約のことと似ているけど。
まず、主体は誰なのか。だれが企画して、だれの事業なのかが、わかりにくい。
企画を出したい相手はどこなのか。県? 市? 三県の連絡会議? 文化庁?
なにをしてもらいたいのか。なにを求めるのか。
人の手配や環境整備、あるいは広報のために資金がほしいというのか。ものごとの実現のためには「人」「もの」「金」。やはり肝心なのは、軍資金だ。そのための企画書なのか。
あるいは、たんなる話題づくり。プランとかイメージとか、その仕組みを提示して、そこからなにか新しい流れの起きることを期待する。そういうことなのか。
まあ、そういう企画書というのは、ざっと読んで、それでおしまいとなりやすい。参考になりました、それはいいですね。そこでおしまい。
自分の思いと描くイメージは、いちばんたいせつ。でも、企画書となると、求めるもの、実現したいこと、それがメッセージとしてわかりやすく示されていること。具体性があること。
まあ、そんなことを思いながら、みていた。かたちにするには、行政や民間のCSRなどに対する助成金の申請がひとつ。たとえば、文化庁に提案するなら、こんなことが必要。民間のこういう財団ならこう、ということが浮かぶ。
もうひとつは、クラウドファンディングだろうか。
こういう夢がある。実現したいのは、こういうこと。そのためにもお金がかかる。賛同してくれる人がいたら、協賛してほしい。協賛してくれる人には、こういうメリットがある。
そのあたりをわかりやすく打ち出せたら、実現に至るのかもしれない。ということで、クラウドファンディングについて、すこし考えてみた。
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