日々のエッセイ
11.122018
空き家があるから、住みたいからといって、すんなり住めるわけではない。
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田舎に移住しようというとき、空き家があるから、住みたいからといって、すんなり住めるわけではない。
地域の人は、「山里は年寄りばかりなので、若い人に住んでもらいたい」とは言う。
それはいわば「総論」である。実際に、隣家が空き家になって、そこに移住者が来たらどうかというと、「あ、それは困る」というケースがわりとある。
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かつて、家主が「貸しましょう」ということで、移住をきめた人がいた。とてもステキな空き家だった。改修の準備までしていたが、引っ越す寸前になって、地元の自治会にはかったら反対されたことがある。
今回の空き家のケース。空き家がある、そのまま住める。隣のおばあちゃんは、寂しくなるばかりだから、ぜひ住んでもらいたい、ぜひきてもらいたいと言っていた。
ということで、空き家の家主に聞いてみた。
すると、家主はこう言う。
おばあちゃんはそう言うが、じつは息子さんが反対している。ひとりでも、反対している人がいたら、ややこしいことになる。移住してきた人も気の毒だから、家を貸すのは、もうやめたという。
じゃあ、骨董品屋さんとか、木工細工の人が、たまにきて作業場にするのはどうかと聞くと、いやそれはそれで困るという。
貸すと言っても、家賃は数千円の微々たるもの。わざわざ集落に波風を起したくないという。そりゃそうだろう。
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ながらく暮らしている地元の人は、日々の安寧秩序がたいせつ。それを移住者がくることで、壊されやしないか、そこを恐れている。
ある人は、移住して、自治会に参加させてもらおうと挨拶に行ったら、「そこに暮らす以上、自治会費を支払うのは当然。だが、住民票を移さないものは自治会は入れない」と断られたという。
まあ、地域によって温度差があるのは事実。集落を挙げて、歓迎パーティーをしてくれたところもある。自治会長自らが、空き家探しから改修の段取りをしてくれた経緯もある。
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「人生の楽園」のようなわけはいかないのだ。まちなかの人が、いいところだから、のどかで自然環境が豊かで、みんな素朴でいいから住みたいといっても、かんたんに住めるわけではないのだ。
こんな私たちですが、ここに住まわせていただけますでしょうか、という感じであいさつに行き、「ああ、いいよ」と集落の人が言ってくれて初めて住むことができる。そういうところがベースにあるかもしれない。
そこを無視して住むといっても、あとあと苦労することになる。このあたり、田舎暮らしの難しいところではある。
かくして、ますます過疎化は進む。
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