日々のエッセイ

お寺と人々をつなぐ「きっかけ」づくり 講演をもとに

禅宗のお坊さんの研修会で講演させてもらった。そのテープ起こしの原稿が届いた。機関誌に掲載されるということだ。校正せよ、ということで、今日が締切だ。長いけれど、こんな内容になった。

◎東京暮らし40年から山里に移住

浜松市の北にある山里、春野町からやってまいりました。ここから50キロ離れています。クルマで1時間半かかります。春野町は10年前に浜松と合併しました。かなりの過疎地です。人口は50年代の人口の三分の一。この10年で2割以上も減っています。廃校は2つありました。かつて栄えた林業やお茶もふるいません。軒並み、店も閉じています。出会う人のほとんどは高齢者です。

そんな山里に移住したのは、7年前。40年間、東京暮らしをしていました。けれども、このままずっと東京暮らしでは息が詰まる。これ以上、東京にいても、お金ばかりかかって晩年はたいへんになりそう……。

ということで、田舎暮らしを思いたちました。フリーランスで編集の仕事をしていたので、会社に通う必要はありません。田舎をベースにして、ときどきインドやバリ島に出かけて、のんびり暮らそうと思ったのです。

さて田舎といっても、どこがいいのか……。まったくアテがありません。やはり適度に都会に近いほうがいい。山があって温泉がある。海にも近いほうがいい。雪は降らない所がいい。そんな思いで適当に探していました。

まずは、八ヶ岳の麓のあたり、信州の安曇野。温暖で海も温泉もある西伊豆、千葉の房総など。みんないいところです。でも残念ながら、どこの物件も高額で手が出ません。

そんなとき、「そうだ。浜松の山奥がいいかもしれない」とひらめきました。「春野町ってどうだろう。名前がいい。山の中だし清流もある」。ということで、探したわけです。

なんとか手がでる価格帯でした。土地付きの家は、敷地が1700坪もありました。栗の木も50本あります。あまり先のことは考えずにきめました。57歳のときです。

山里暮らしは、おもしろいことばかりでした。焚き火、ドラム缶風呂、石窯でピザを焼いたり、炭焼き窯をつくったり、家でコンサートを開いたり。そんなことを楽しんでおりました。でも、草刈りはたいへん、鹿や猪がでる。集落との付き合いも都会のようにはいかない。いろいろとたいへんということが、あとからわかってくるわけですけれども……。

田舎に住むなら、田んぼもやってみたい。お米作りに挑戦しました。山里は高齢のために耕作放棄地がたくさんあります。そこを借りて、仲間と無農薬の田んぼを始めました。どうせやるなら無農薬栽培、そして天日干しがいい。雑草対策は、鴨に食べてもらうというアイガモ農法もやりました。600キロくらいのお米はとれました。

しかし、収穫に至るまで手間はかかります。沢から水を引く、田んぼの水漏れを防ぐなど土木作業もあります。トラクターや脱穀機など、機械もいる。出費ばかりがあって、とても収益はあがりません。なにより気力・体力がいります。

こういうことは、3年やってみて、身にしみてわかることでした。農業というのは、自分には難しい。とても収益は上がりっこないなあ。ということで、いまは田んぼや畑もしていますが、メインはやはり編集の仕事ということになりました。

◎仏教書と医学書の編集の仕事

本業は出版の仕事なので、山里でもできるわけです。出版社とのやりとりは、電話とメール。印刷製本などは、ネットで手配します。韓国や南インド、青森県などで印刷してもらったこともありました。

主に仏教書と医学書をつくっています。医学書は、たとえば「鍼灸療法技術ガイド」、理学療法や作業療法など医学の教科書の編集です。仏教書のほうは、お坊さんや宗教評論家などの本。お寺の寺報づくりとか。いい企画が浮かぶと出版社に企画提案します。「いいね、出しましょう」ということになると、原稿執筆、あるいはインタビューして原稿にします。

けれども、いまは本が売れない時代で、ラクではありません。たまには、ヒットすることもあります。この本(『死んだらおしまい、ではなかった』PHP社)は、15万部も売れました。

二千件もの葬儀を経験したお坊さんの実話です。葬儀を重ねるうちに、亡くなった人の存在を感知していきます。その内容を一つひとつ記録していったものです。

死んでも「無」にはならない。「本人」というものは死んでも「ある」。葬儀の本質は、遺族が故人を偲ぶところにある。遺族の心こそが故人に伝わる。そのために、お坊さんはお経をよみ、場の空気を整え、遺族の心を鎮める、と。そんな内容です。この本は、東北大震災の後に、口コミで少しずつ売れていきました。

それから、アメリカからの流れで、いま「マインドフルネス」という言葉が広まっています。じつはブッダの瞑想こそが、マインドフルネス。ヴィパッサナー(心を観じる)である。そうした南方仏教の本もつくらせてもらいました。こちらは6万部が売れました。

また、吉野の修験道の本山、金峯山寺の本尊である蔵王権現の本、奈良の信貴山の本尊である毘沙門天の本。両親の供養のために思いをまとめたものを出したい、というお坊さんの本も作らせてもらいました。

◎山里への定住促進の事業

ところで、「池谷が田舎に越したという。どんな所か見てやろうと」東京の友人たちが訪ねてきました。あちこち案内すると、「こんな田舎に暮らしてみたい」と言います。山里は空き家が多いです。うちの犬の散歩に歩く範囲だけでも30軒くらいはあります。まあ、貸してくれるかどうかは、難しいのですが。

「そうだ、こうした空き家を田舎暮らししたい人につないでいけばいい。山里にも活気が出る」。そう思いました。

東京だとアパートの家賃は10万円くらいします。それでは、家賃のために働くというようなことになります。山里に暮らせば、数千円で空き家が借りられたり、タダでもいい、なんてところもある。家賃分は働く必要がなくなります。時間が生まれます。その分は、木工をやったり田んぼをやったり、創作活動をすればいい。フェイスブックなどを活用すれば、山里にいても、全国、世界に友人はできます。

なにより山里は、自然の豊かな資源の宝庫です。耕作放棄地、山林、放置竹林、流木、お茶、たくさんあります。田んぼも、お茶も、林業もできます。そんな暮らしの提案をしていきました。

そんなところから、「春野に住んでみたい」という人たちが増えてきまして、この5〜6年の間に移住相談は200件以上、10組15人の人が移住してくれました。

◎人と暮らしの魅力を発信する

まあしかし、移住というのは、やはりたいへんです。空き家があるからというだけでは、移住は難しい。なにしろその土地の人との付き合いがある、集落のしきたりがある。店も診療所も少ない。保育所や学童保育もない。やはり不便です。

そのあたりの山里の魅力とたいへんさ、不便さ、どんな暮らしがあるのか、どんな人たちがいるのか、というところを発信しています。私のようなド素人が山里で田んぼをやる、大豆をつくる、ブルーベリー、栗を育てる。地域のつきあいもある。そんな田舎暮らしの失敗例、たいへんさ、楽しさ、手応えを伝えたりしています。

ポイントは、山里で暮らす人たちの生き方を伝えること。それが、山里の魅力発信になり、まちなかとの交流促進になるのだと思っています。

そんな活動を継続してやってみようということで、NPO法人(楽舎)も立ち上げました。

山里には素敵な暮らしをしている人、達人のような方がいます。たとえば手仕事人です。地域に伝承された和紙づくり、鍛冶屋、竹細工など50年も60年も続けている方がおられます。山繭を飼育して織物にしている方もいます。

また、間伐材を谷底から引き上げて製材して家を2棟もつくった人、ホームセンターの材料だけで、4棟もつくったという人。天竜川の河原の石に猫を描いて生計を立てている人、気田川でカヤック遊びをおしえる人。ひょうたんを加工して美しいランプを作る人。いろいろな人がいます。都会ではなかなか出会えない人たちばかりです。

そうした人たちの魅力を伝えていこうということで「こんなにアートフルな山里暮らし」というテーマで、まちなかでトークイベントを企画しました。さらには、山里に出かけてみませんかということで、「北遠山里めぐり」として、山里の暮らしを訪ねて、交流するという企画もしました。

まちなかの人たちは、山里に行きたいと思っていても、なかなか「きっかけ」がありません。

こうした催しを通して、山里の暮らしに接する機会があれば、次から訪ねやすいものです。「行きつけの田舎」になってもらえばいい。山里の人も、まちなかから遊びに来てくれるのはうれしい。交流が生まれます。

景色がいいというだけではなくて、そこにおもしろい人がいる、創造的な暮らしがある人と出会うことで、また山里を訪ねたくなる。こうして、点と点が結ばれるということになります。

◎「神社・寺カフェ」をはじめる

そんななかで、今度は、お寺と神社と、人々をつなげてみようと思いたちました。

浜松には500近いお寺があります。そこには、広大な敷地があり、広い本堂があり、仏像があり、仏教の教えがあり、実践のあり方も伝えているわけです。

ところが一般の人のお寺さんとの出会いは、お葬式や法事の時以外、ほとんどありません。お坊さんの暮らしぶりもみえてきません。檀家以外の方がお寺を訪ねる機会というのは、とても少ない。

和尚さんは、どんな人なんだろう。我が家の宗旨は、どんな教えなんだろう。そうした思いがあっても、お寺を訪ねてみようという発想はないんですね。「なにか御用ですか」と聞かれそうだし、お寺は敷居が高いわけです。お寺のほうでも、無目的にふらっと訪ねてこられても、やはり困ると思います。

でも、お寺がいまのままではもったいないなあと、かねがね思っていました。

そこで、人々とお寺をつなぐ「きっかけづくり」をしてみよう。お寺のほうも、一般の人とつながりたいという気持ちがあると思います。そこをつなげていけばいい、ということです。

タイトルは「神社・寺カフェ」としました。「カフェ」というのは、気軽に寄り集まるという意味で名づけました。それぞれの寺社が独自の企画、日程で行います。その日は、住職がちゃんと来訪者の応対をしてくる。訪ねる人は、アポは必要ない。費用もかからない。気兼ねなく自由に訪ねられるわけです。

この企画を浜松市に提案しました。「みんなのはままつ創造プロジェクト」という文化事業に採択していただいて、スタートすることになりました。

◎さまざまなお寺の企画

苦労したのは、参加してくれるお寺をさがすことです。そもそもなんのツテもないわけです。インターネットでさがしながら、いきなり電話します。なにかの営業と思われて、「けんもほろろ」ということもありました。でも、そのうち「それはいいね。ぜひ参加したい」というお寺も現れてきます。そこから、また次のお寺を紹介してもらいながら、すこしずつ増えていきました。

「うちの寺は見るものもない。何をやったらいいのかわからない」とも言われました。

「いや、いっぱい素材があるじゃないですか。お経を教えてもいいし、仏事法事の相談とか。縁側で語りあうだけでも、みなさん喜びますよ」と伝えました。

一般の人にとっては、お寺を訪ねて和尚と話ができるというのは、滅多にない体験ですから、嬉しいものです。また、菩提寺に聞きにくいことなど、聞きたいという人もいます。坐禅や念仏も、体験してみたいという人もいます。

というわけで、30余の神社とお寺に参加してもらうことができました。

お寺ごとに、日にちも企画も異なります。たとえば、仏教の「実践としての行」です。木魚を叩いて念仏(法林寺)、お題目(日本山妙法寺、妙恩寺、妙雲寺、正晨寺)、護摩(長楽寺、遠州信貴山)、阿字観(頭陀寺)、坐禅会(栄林寺、玖延寺、長光寺、祥光寺、盛福寺、龍雲寺)。

さらには、奥の院の参拝と登山(秋葉寺)、お守りをつくっての祈願(妙恩寺)など。

そして「法話」です。精進料理のお話(栄林寺)、白隠禅師の軟酥の法と死後のこと(泰月院)、仏事相談(龍谷寺、龍雲寺)、地域防災拠点としてのお寺(成金寺)、お茶を飲んでの語らい(永源寺)など。

そして、「文化的な催し」です。スティールパンのコンサート(大昌寺)、蒔絵や土人形の展示と盆栽展(永福寺)、仏画と写経(長楽寺)。短歌・俳句・都々逸の講座(正晨寺)。棺桶に入って死を体験する(西福寺)など。

神社では、古代の神話のデジタル紙芝居、神道式の礼法、作法(貴船神社、浜名総社、初生衣神社)。青崩峠や1300年も続く西浦田楽の話(足神神社)など。

「仏教とは」などと、とくに構えなくても、座卓を囲んでお話ししましょう、というあたりがラクだし、好評なようでした。訪ねるみなさんは、やはり自分のことを語りたいんですね。聞いてもらいたい。そういう場を提供するには、お寺はもっとも適しているのかもしれません。

これをきっかけに、あるお寺では、お寺の整備や草刈りの手伝いをしたい、という人が現れるようになりした。寄付されたオルガンでコンサートを企画したら、予想外の参加者があった。医大でがん患者の集いの講師に来てもらいたいという話がきました。

また、こんな話もありました。妻が病で倒れてつらくて仕方がない。思いきり泣ける場所がほしい。「そうだ、寺カフェで訪ねたあのお寺にいこう」。そんなことで、毎日、本堂に通ってきて泣いていた。そんな話も聞きました。

私のやることは、「きっかけ」づくりでしかありません。お寺と人々が交流するお手伝いです。

できれば、浜松だけではなくて、遠州全域にも展開していきたいものです。全国でこういう動きが起きれば、すばらしい。

ただ苦労するのは、経費です。パンフレットの印刷代など、いろいろ経費もかかるので、助成金で賄うことにしました。1年目は浜松市の文化振興課。2年目は浜松まちづくり公社、3年目は浜松市文化振興財団の助成事業に採択していただいて、続けてきました。しかし、なかなか継続は難しいものです。さて来年は、どうしようかと試行錯誤しているところです。

◎看とりとおくりの講座

いますすめているのは、「納得のいく看とりとおくりを考えよう」という講座です。浜松市の文化事業に採択されて、春から講座と集いを開催します。

仏教はもちろんですが、他の宗教ではどうなんだろうか。キリスト教、神道、ヒンドゥー教の人にも話をしてもらいます。

親しい人の看とりおくりは、とても重大なことです。さらには、自分というものは必ず死ぬ。死を見据えていまを生きていく。自分はどういう死に方をしたいか。どうおくられたいか。そういうことを語り合う集いの場をつくっていこうと思います。

まあそのようなことで、あれこれと企画していますが、一言でいうと、「点と点を結ぶ」ということです。人と人の交流を企画しながら、おもしろいことをやらせてもらおうと思っています。

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