日々のエッセイ

山里暮らしの要諦は、なんでも助け合う友人を日ごろから持っていること

山里暮らしは、若くて元気なウチはいい。けれども、年をとると身にしみてくると思う。買い物はなんとかなるとしても、問題は病気やケガのときだ。診療所が近くにない、病院がない。クルマに乗れなければ、バスでの移動もたいへんだ。タクシーを使えば、数千円になる。

Mさんが訪ねてくれた。82歳。かなり耳の遠い90歳の夫と二人暮らし。近ごろ退院したばかり。布団を干していて転んだ。背骨の圧迫骨折で救急車に運ばれて、三ヶ月の入院だった。起き上がれず、つらいリハビリだったという。夫は、「妻が帰ってくるのは、骨になった時だろう」と周囲に言っていたという。

頼りの娘は、市内だが遠方に暮らしている。けれども、長期入院していて、その夫は仕事と子育てで余裕がない。だが、さいわい近所の友人たちが、チームプレーで助けてくれた。衣類の洗濯、日常のものなど、友人たちが受けもった。ひとり暮らしの主人は、もしものことがあると心配と、近くの住宅型有料老人ホームに手配してくれた。

友人といっても、みなさん80代前後の人たち。みな「自分のときはどうなるんだろう」と、わがごととして、予行演習のような思いで、一致協力してくれたという。さすが山里ならでは、と思う。遠くの親戚より近くの他人、山里暮らしの要諦は、なんでも助け合う友人を日ごろから持っていることだと思う。

しかし、あと数年したら、みんな体が動かなくなる。老夫婦だけの家庭、ひとり暮らしのお年寄りは、いったいどうなるのだろう。

まあしかし、先のことを考えても仕方がない。どんなに準備をしても何が起こるかわからない。きょう一日、今日一日をたいせつに過ごさせてもらうしかないね、と。おばあさまたちと、立ち話をしたのだった。

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