移住と空き家

  1. いちばんの問題は「統一人格」がなくなってしまったこと

    旧市町は平成の大合併で10年余になる。いちばんの問題は「統一人格」がなくなってしまったこと。この町をどうしようか、ああしよう、こうしようという思いを伝え、思いを形にする「核」がなくなってしまったこと。大きな市の一部になると、それまであった町の独立した権限や予算はもうない。自由に考え、自由にルールをつくり、自由に予算を配分するということがなくなる。かつての役所は、市の出先機関となる。[続きを読む]

  2. やがてはワイナリーを作りたいと訪ねてこられた

    春野でぶどう園をはじめて、やがてはワイナリーを作りたい。このたび専従スタッフを雇用することになった。そのスタッフが通える地区に住宅を探しているのだが、みつからない。そこで、空き家情報などを教えてもらいたい。そんな問い合わせがあり、きょう訪ねた来られたのは、3つも病院を経営している医療法人の事務長であった。どこで楽舎のことを知ったのかと聞くと、チラシを見たからだという。[続きを読む]

  3. 「春野新聞」の発刊と「春野らくいき大学」を開催

    「春野新聞」の発刊と「春野らくいき大学」を開催することにした。いまたたき台を作っているところ。こちらは1面。全部で4面になる。ま、気楽な雑学講座やコンサート開催の案内。そのために地元情報と講座の案内をする新聞を発行する。A4フルカラーで4ページ。配布方法は、町内には回覧版で配布。まちなかには公民館を通して置いてもらう。[続きを読む]

  4. この校舎は築90年 木工作業所に

    過疎地ではつぎつぎと廃校になる。学校は集落の「核」みたいなもので、廃校になるというのは、集落の核が消滅することでもある。学校がなければ、子育て世代は住まなくなる。高齢者ばかりとなって、やがて集落は消滅していく。それでも廃校は活用のしがいがある。公民館、美術館、コンサート会場、寄り合いの場など。こちらで全部やりますと手を上げれば、行政はまかせるよと委託してくれるかもしれない。[続きを読む]

  5. 廃校、茶工場、空き家が、まちなかと山里の交流の地域資源にも

    ある団体が山里で展示に使える場所を探している。絵画とか彫刻などたくさんあるらしい。展示だけではなくて、作品の保存もできる場所がいいという。美術館長からの問い合わせだ。山里には、場所としては沢山ある。たとえば廃校、茶工場、空き家など。廃校を活用したギャラリーもいい。NPO法人が山奥で管理している廃校があった。[続きを読む]

  6. 山里の土地の売買は手間がかかる

    山里の土地の売買は手間がかかる。実際と地積がちがっていたり、建物が未登記であったりする。さらに農地となると、なかなか手間だ。 Yさんが、土地と建物を買うことになった。土地は宅地と農地がある。農地は、買う人に「農家資格」がないと、取得が難しい。農地法で厳しく制限されているのだ。 農地を取得したいのであれば、「農家資格」をとらなくちゃいけない。[続きを読む]

  7. 「浜松市春野町の地方創生─中山間地域らおける新事業創出モデルの実証研究」

    どーんと本が送られてきた。うわっ重たい。60冊もある。包みを開くと「浜松市春野町の地方創生─中山間地域らおける新事業創出モデルの実証研究」(駒澤大学 長山ゼミ 研究成果報告書)というのがでてきた。なんと388ページもある。春野町の分析、楽舎と池谷のゲートキーパーとしての分析など、よくまとめてくれている。昨年の9月、駒沢大学(東京世田谷区)の長山ゼミの学生たち40人が春野に滞在した。[続きを読む]

  8. 棟方さんには「唐詩の世界」を講座をお願いした

    春の雨、そして霧の立ち上るなか、川上の集落に棟方徳さんを訪ねた。かれは元大学の准教授で中国文学を教えておられた。春野に移住して10年近く。こんど、春野町の人たちを対象に、「らくいき講座」という文化教養講座を企画している。それで、棟方さんには「唐詩の世界」を講座をお願いした。ぼくの講座はとっても面白いよ、と楽しそうに笑っておられた。ひとり暮らしでお酒が好き、ゆったりした間合い。[続きを読む]

  9. 蔵も使える。喫茶店もできそう。プチコンサートも。

    一年間、おためし住宅に暮らしていたM君、31歳。いよいよそこを出なくてはならずに、新しい住まいを探していた。 (おためし住宅は、地域になじんで春野の暮らしをよく知ってもらい、定住するための住居を探すためのもの。家賃は月に1万3千円) アテにしていた空き家があったが、次々と、やっぱりダメということになって、困っていた。[続きを読む]

  10. 「春野カフェ」のひとつのテーマは、山里のなりわい

    先日の「春野カフェ」のひとつのテーマは、山里のなりわい、であった。山里に移住するにあたって、空き家は見つかったとしても、「さあ、食っていけるか」「仕事はあるか」である。雇用はほとんどない。自分で仕事をつくりあげるしかない。そのひとつのヒントとして、山里にたくさんある自然素材を活かした「ものづくり」がある。田中康彦さんは、竹を燻して家をたった一人で作りあげた。[続きを読む]

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